インタビュー

会社も仕事も楽しすぎて困っちゃう!?敏腕エンジニアが目指す世界の最前線

GMOペパボ株式会社

転職して2年目のある日のこと。「CTL(チーフテクニカルリード)を置くことになったから、なって」――。CTOからの突然のお達しで、GMOペパボの初代CTLのひとりとなった山下和彦。「ロリポップ!」「ムームードメイン」などの人気サービスを支えながら、日本の第一線で活躍する彼のプログラミングにかける熱い想いをご覧ください。
※本記事はPR Tableで掲載された内容を転載したものです

電気メーカーのSEからISPへ。情熱的な上司に出会い、貪るように学ぶ日々

鹿児島で生まれた山下のエンジニア人生は、地元の大手電気メーカーに就職したところから始まります。
高校卒業後に社内SEとして働き始めますが、実は最初からエンジニアに対して強い思い入れがあったわけではありません。

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高校生の頃の山下(左)

山下「電気メーカーに入社したときはまだ18歳くらいで若かったので、『有名な会社に入れてラッキー』『お給料をもらえてうれしい!』という気持ちが強かったですね。すごくエンジニアになりたかった、というわけではありませんでした」

しかし、上司との出会いをきっかけに火がつき、彼はどんどんエンジニアの道に魅せられていきます。

山下「最初の上司がすごく勉強家で、ハングリー精神溢れる方だったんです。僕が取った資格は必ず取ってきて、40歳くらいなのに10代でペーペーの僕にすごくライバル心を燃やしてくるんですよ(笑)。
元々学生時代はそれほど勉強が好きなほうではなかったんですが、彼の背中に触発されてエンジニアリングを学ぶことが楽しくなっていきました。
当時は一流が何たるかもわかっていない状態でしたが、漠然と『一流のエンジニアになるんだ』と思うようにもなりましたね」

時は流れて21歳になった頃、所属していた事業が撤退するという事態に直面。山下は地元を離れ、福岡のISP(インターネットサービスプロバイダ)に転職します。

そこでも貪欲に学んでいく彼は、サーバーエンジニアとして新たな経験を積みながら、通信制の大学に通い始めます。実践的な技術を学んだのか……と思いきや、そうではありませんでした。

山下「経営情報学を学びました。エンジニアリングの勉強は、好きだから自分で勝手にやるんですよ。経営・マネジメント関連の勉強は、正直言って興味がなかった。でも、上の立場を目指すならいずれは必要になる知識です。興味がないからこそ、無理矢理にでも知識をつけようと思いました」

ISP時代にさらに成長した山下は、次第に「よりカスタマーに近いところで仕事がしてみたい」と思うようになります。

次なるステージとして選んだのが、他でもないGMOペパボ株式会社(以下、ペパボ)でした。

のびのび働ける社風。しかし、はじめはやる気と勢いのみで空回りすることも

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仲の良い社員たち(左から二番目が山下)

職場の仲間は、家族よりも長い時間をともに過ごすーー。だからこそ、社員同士はみんな仲良くあるべきだとペパボでは考えています。ペパボの前向きで自由な社風は、山下に合っていました。

山下「毎年全社規模の社員旅行がありますし、キャンプやBBQなどのイベントの開催も盛ん。職場に一人くらい嫌な人がいるのが普通だと思いますが(笑)、本当にいません。馬が合う人ばかりで、人間関係がつらいと思うことはありませんでしたね」

上司・部下という関係でも自由に意見が言い合える空気感。社内では、あだ名で呼び合う文化もあります。

山下「社長面接に行ったら『山下さんは、どんなあだ名で呼ばれていますか?』と聞かれたんです。『“山P”(※)と呼ばれています』と答えたら、社長が二言目には『山Pはさぁ…』って話し始めて(笑)。驚きましたね。
堅苦しい上下関係がないですし、『上長の判断を待たないと動けない』ということがありません。GitHubで出した情報に対して上長からレスポンスがあるくらいですね。原則意思決定が個人に任されていて、自由にやれています」 ※現在は“P山”もしくは“イケメン”と呼ばれている

自由な社風のなかで、順風満帆なエンジニア生活を送っているようにも見える山下ですが、はじめから順調だったわけではありません。

彼は、実は転職した当初はコードが書けなかったのです。

山下「全然やったことがなかったのに、面接で『コードが書ける』って嘘をついて入社したんですよ(笑)。だから入社後は必死で勉強しましたね。
でも、やっぱりはじめは技術が追いついていなかったです。入社したばかりの『何かやってやるんだ!』というやる気と勢いだけでコードを直して、不具合を起こしてしまうこともありました。しかも、当時の技術のない僕には、修正作業ができなかったんです。あの無力感はよく覚えています」

ペパボには約15年以上前から続いているサービスもあり、かなり古いプログラムが存在します。いわゆる「レガシーコード」です。仕様の深い部分まで理解していないと思わぬところで地雷を踏んでしまうことも……。

そんな悔しさを味わいながらも山下は学び続け、シニアエンジニアとしてエンジニアをまとめる役割も担っていきました。

そして、技術力とマネジメント力を買われ、転職後2年目という速さでCTLに指名されることになります。

プログラミングが「楽しすぎる」問題。世界で活躍する仲間に刺激を受ける

▲ペパボの魅力をおもしろく伝えることに社員みんなが情熱を注ぐ。社長やCTO自らラッパーに変身することも

エンジニアになってから今まで、ずっと全速力で走り続けている山下。その情熱は冷めたことはありません。

ペパボでは通常業務以外の社員のアウトプットも推奨しており、個人の開発を仕事と同時並行で行っているエンジニアが多くいます。山下ももちろん、自分の開発に余念がありません。

山下「プログラミングは仕事ですが、僕にとっては趣味でもあります。仕事が終わって帰宅した後、気づいたら朝の5時まで自分のオープンソースを書いていることもありますね。燃え尽きるということがないし、全く苦ではないんです。楽しすぎて問題ですね(笑)」

ここまで駆り立てられる所以は、社内外のエンジニアの存在にあります。

山下は都内のカンファレンスにスピーカーとして呼ばれ登壇することがありますし、福岡でも近年IT企業の参入が増えているため、企業を横断した勉強会が盛んです。また、ペパボには優秀なエンジニアが多いため、身近にいる社員から受ける影響が大きいと考えられます。

山下「たとえば、CTOあんちぽ(栗林健太郎)は、ラッパーもしていますがすごい人ですし(笑)、CPO柴田博志はRubyのコミッタ。最近入社した松本亮介もたくさん賞を受賞しています。

ペパボには、世界的に見てすでに実績のある優秀なエンジニアがたくさんいるんです。しかも、彼らは今もずっと努力をし続けていて、人としても魅力的。その様子を見ていたら、自然と刺激を受けて『自分もやるぞ』と思えます」

もっと楽しく、もっとおもしろいサービスを。世界に羽ばたくべく挑戦は続く

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「一流のエンジニアになる」という夢を追いかけている山下

GMOペパボは、今後より一層技術力の強化を図っていきます。

もっと成長したい、もっと世の中をおもしろくしたいーー。そんな思いを持ったエンジニアがキャリアアップできる場所がここにあります。

ペパボの「エンジニア職位制度」では、シニアエンジニア、プリンシパルエンジニア、シニア・プリンシパルエンジニア、チーフエンジニア、CTOという5つの職位に分かれ、上級のエンジニアに立候補することができるという仕組み。実力があれば、一足飛びにキャリアアップすることもできます。

山下「ペパボは、向上心のあるエンジニアがチャンスをつかみやすい会社だと思います。『もっと上のポジションに行きたい』と思えば上の職位にチャレンジできますし、エンジニア個人としての成長も考えながら目標設定するようにしています」

彼自身、がむしゃらに勉強してシニアエンジニアからCTLまでのぼってきました。彼の目には今、何が映っているのでしょうか。

山下「CTLの立場としては、これから会社をもっと大きくしていきたいですね。そのために僕ができることは、技術組織を大きくすることと、全体の技術の底上げだと思っています。
僕個人としては、世界にインパクトを残せるプロダクトを作りたい。いずれは海外のカンファレンスに登壇できるようなエンジニアになりたいですね」

18歳の頃と変わらず、山下は「一流のエンジニアになる」という夢を追いかけています。次は世界――。これからも彼の挑戦は続きます。

Text by PR Table