インタビュー記事

地縁のない土地へ、移住の決断はどうするのか?元SEのビジネスコンサルタントが実践した、超ロジカル整理術

地縁のない福岡で開業/豊田真さん

豊田真さん
早稲田大学を卒業後、大和総研でSE、コンサルティング営業、PMなどを経験。その後スカイライトコンサルティングへ転職し、ビジネスコンサルタントとして従事。
ITストラテジストや情報セキュリティスペシャリスト、中小企業診断士などの資格を取得しながら都内でキャリアアップしていく。
2017年、妻の第三子妊娠を機に「東京にこだわらない働き方」を検討しはじめ、約1年をかけた情報整理の後、縁もゆかりもない福岡県糸島市に移住。

【居住地の変遷】
淡路島で誕生、父親の仕事の関係で幼少期をアラブ首長国連邦で過ごす

幼稚園~小学校の間は、東京で暮らす

中高は茨城県へ、寮生活を送る。家族は香港暮らし

高校卒業と同時に東京へ。その後、就職、結婚、育児とステータスが変わる間も東京で暮らす

妻の第三子妊娠を機に「子育て」する場所を検討

2018年夏、地縁のない福岡県糸島市に移住

東京に住み、働くことに、なんの疑問ももたなかった

大手企業のSE、PM、そしてビジネスコンサルタントと、東京でキャリアのコマを進めてきた豊田さん。20代、30代前半で「東京に住み、働くことが常識」だと感じていたところから、いくつかのキッカケを経て、まったく地縁のない福岡県へ移住することを決意します。

住む場所を決めるまでの判断や試行錯誤の方法、そして移住しての仕事や現在についてお話を伺いました。

Q.地縁のない福岡県へ移住を決めた豊田さん。移住に至るキッカケは?

豊田さん「幼少期そして大学への進学、就職、そして家族をもって以降も、人生の大半を東京で過ごしました。幼いころに海外に住んだことや地方で暮らした経験もありましたが、“働く場としての東京”がどこか常識のように考えていて、自ら東京に住むことを無自覚にも選択し続けてきました。

新卒で就職先を選んだ時も「転勤がない」ことを重視していたほどで、日本の首都であり大都市である東京は、豊かで先進的ですべての地方都市に勝っていると勝手に思っていたのです。

しかし、結婚し、子どもが誕生し、妻の実家である仙台を訪問する回数が増えるたびに、家の広さや混みすぎていない街の環境、そして単純にごはんがめちゃくちゃ美味しいことなど、地方都市の魅力を感じるようになってきました。人間としての感覚的なところも込みで地方都市と東京とを比較すると、地方都市が一概に劣っているとは言い切れないのでは?と思うようになってきました。

確かに東京は、モノや情報にあふれた最先端の都市です。でも、地方都市には金銭的な豊かさ以外の豊かさがあり、「東京至上主義」が自分の思い込みだと気づいてきたのです。
そんな私に、「地方に住もう」と決断させたキッカケが3つあります。

1つは、東日本大震災です。2011年、あの震災で都市機能がマヒしたことをキッカケに、東京が本当に自分や家族にとって住みやすい場所なのか、疑問に感じました。

そんな折、妻の実家がある地方都市の広々した暮らしぶりを見て、東京に一生住むことが幸せなのだろうかと考えるようになりました。

モヤモヤを感じていた最中、友人が勧めてくれた『「週4時間」だけ働く。』という本を読みました。これが2つ目のキッカケとなります。

“人生で達成したいこと”を実現するために、自分たちがほしいもの、なりたいものを洗い出す。東京に仕事をもち、東京で働くことはある意味で常識と考えていましたが、暮らす場所を考え直すきっかけになりました。

そして3つ目が妻が妊娠したことです。第三子の妊娠で、家が手狭になるなあと漠然と考えたことから、一度しかない子育て期間をどこで過ごすのか、自分たちの人生にきちんと向かい合って考えてみようと、東京にこだわらずに暮らす場所を検討することにしました。

Q.3つのキッカケから、人生の優先順位が見えたのですね。

豊田さん「これまで、“人生で達成したいこと”などをテーマに家族で会話することはありませんでした。ゆえに、暮らす場所を検討することもありませんでした。

しかし、妻と共にホワイトボードを使いながら、本当にやりたいことを話し合ってみたのです。

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ちょうど、妻のおなかには3人目の子どもが宿っていました。それもあってか、そのタイミングでの私たちの優先順位は、「暮らし系」のキーワードが多く出てきました。

東京の限られた空間で、狭さを感じながら暮らしていくのではなく、自分たちが満足できる広さの家に住み、近くに自然もある環境で、思い描く理想の生活をしたい。そう考えると、まず手放すのは「東京暮らし」という思い込みや常識で、ここから離れることが、自分たちが達成したい暮らしを実現するのに最短距離だと感じたのです。」

どこに住むのが正解か?妻とともに実践した情報整理術

Q.具体的にどんな流れで検討を進めましたか?

豊田さん「自分たち家族の優先順位を妻とすり合わせた結果、“どこか地方へ”移住を検討することにしました。でも、実際どこへ?

ということで、まずは移住地に望む条件整理をしていきました。

“地方”について具体的に考えたことがなかったので、右も左もわからない状態。なので興味のあった「福岡」をとりあえずのターゲットに置き、調べてみました。」

◆POINT1 まずは比較検討するためのターゲットエリアを設定

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豊田さん「転職エージェントで仕事の相談などもしましたが、収入が下がるなどの数字的なリアルにすこし不安を覚えました。が、そういう不安要素はいったん放置。とにかく現地も見て、感じて、そこから考えようと思いました。

”下見”と称して訪問しようと考えましたが、何に着眼してどうまわるのが良いのか。単純に街を見て回るだけだと、普通の観光旅行になってしまいそう。
そう思い、都内にある移住相談センターへ赴き、移住を検討するためのプランを作ってもらいました。」

◆POINT2 下見のルートは自分でつくらず、移住センターに相談

豊田さん「実際に福岡に訪問したことで、地方で暮らすことをリアルに感じてきました。その頃、第三子の誕生で検討を一時休止するも熱量は下がらず妻との話し合いも続けていました。
しかしそこで、私と妻との間で“理想の暮らし方”がズレてきていることに気がつきます。

私は、漠然と“田舎暮らしがいいかも”という思いをもつ一方で、妻はある程度規模感のある“地方都市での暮らし”を求めているようでした。
そこがずれてくると、暮らしのイメージや住む場所を決めるのも難しくなってくるため、“田舎暮らし”の実態を知るために本や漫画を読み漁りました。

さまざまな情報を収集した結果、私たち家族が理想とする暮らしは、“大自然の中で広々とくらしたい(田舎暮らし)”というよりも、“大自然が近いところで便利かつ広々とくらしたい(地方都市暮らし)”であると気づき、地方都市にしぼって移住先を探すことに決意しました」

▲家族での下見の様子。子どもたちはとてものびのび過ごしていた。家族が楽しめるかを確認

◆POINT3 理想の暮らし方を具体的にイメージし、夫妻ですり合わせすることが大事

Q.移住地の比較・検討方法方法について教えてください

豊田さん「なんとなく福岡はいいなと思ってはいたものの、自分たちのベストの場所を見つけたいという思いが強くありました。
地方都市にターゲットをしぼったうえで

1、県単位:地方の検討
2、市単位:地域の検討
3、町村単位:地区の検討

のくくりに分け、条件整理をしていきました。

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まずは大枠から。家族の優先順位を冷静に見つめながら選んでいった

1の県単位では、人口動態や地政学的リスクを評価基準とし、データを収集して比較していき、2,3については現地調査や地元の人へのヒヤリングなどの一次データを収集して比較しました。

地方を選ぶために、以下の評価項目を策定して、ネットでひとつひとつ情報収集していきました。
まとめサイトがないため、とても苦労しました。

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地方を選ぶうえでの評価項目

自分たちが住むのにもっとも大事な地域や地区を選ぶ際には、自分たちの優先順位をすりあわせたうえで、要素加点の多いエリアを選べるように基準としてもっておくようにしました。」

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地域・地区を選ぶうえでの評価項目

東京での収入水準はキープ。可処分所得を増やすことができた

Q.そして、最終的には「やはり福岡だ」となったんですね

豊田さん「条件を整理したうえで、いろいろなエリアの見学にも行きました。具体的には、妻の地元の仙台市に、鎌倉や、葉山、三浦のあたりも候補地で上がっていました。

複数のエリアを調査し、比較し、実際に訪れ・・としているうちに、やはり福岡が私たちが求める条件にもっとも適している地方であると結論づけました。

その後、自分ひとりで改めて福岡入りし、具体的にどの地域に住むのかを決めるための視察旅行に訪れました。
ここでも複数の地域を比較し、なかでも糸島が、私たち家族が求める暮らしにもっとも適していると感じ、地域を確定させました。
そして、具体的な地区と物件を探しに改めて福岡を訪問。
地域に溶け込めるか、という不安がありましたが、新駅が建設され、その周辺に宅地開発が行われる情報を得、全員が“はじめまして”のコミュニティなら、とこのエリアに住むことを決断しました。

▲「暮らす」ことを念頭に、周辺環境も念入りに調査した

そして、家の購入もここで決め、最後、家族で福岡を訪れ、家や町を見学し、これからの暮らしに思いを馳せました。

家の契約書に押印する瞬間、将来に対する不安に包まれて一瞬躊躇しました。けれども、やりたい事を叶えるための通過儀礼だと思い直してエイヤとハンコをつきました。その翌日くらいから、福岡が本拠地だという気持ちが芽生えてきたので、こういった儀式的なものがもたらす気持ちの変化は大きいと感じました。
移住日は、長男の学校のことを考え、小学校が夏休みの間に引っ越すことに確定しました。」

Q.周囲の反応を教えてください

豊田さん「職場はコンサルティングファームで人の出入りが多いこともあり、ある程度スムーズに手続きができました。

互いの両親は仕事面を心配していましたが、この頃の私は「コンサルとして独立してみて、ダメだったら就活する。生活コストも下がるし、しばらくはなんとかなるだろう」という考えだったので、なんとか理解してもらいました。

友人は、面白がるタイプと驚愕するタイプで2極化していて、特に後者は住処の前提を「東京」で固定していたので、少し前の自分を思い出しました。」

Q.移住後の生活は?

豊田さん「まず、家の大きさや周りの自然などのハード面は、何度も訪問した甲斐あって、想定通りで申し分ないです。この環境を得てしまうと、東京には戻れないです。
そして、教育や風土などのソフト面。やはり東京との文化の違いは感じたり、IT系の遅れなど古さはちらほら感じます。まったく許容範囲ではありますが。

コミュニティの形成や仕事についてですが、そもそもが地縁なしの移住だったため、最初にいろいろな集まり(移住者の集まりや、大学の同窓会福岡支部、中小企業診断士協会など)に積極的に出席した結果、そこからの仕事も複数発生している状況をつくり出すことがでいました。
加えて、前職の方からも声をかけてもらい、一緒に仕事をしていて、幸運にも収入は東京時代と同様をキープできており、滑り出しは順調だと感じています。」

Q.移住前に不安に感じていたお金のこと。具体的な収支は?

豊田さん「東京にいたときと比較して、支出額が11%ダウンしました。これは、住居費が下がったことが大きく寄与しています。
実際、東京に住んでいたころは3LDKの80平米ほどで約20万円でしたが、こちらでは一戸建てを購入し、月々の支払いは約11万円、家の広さは4LDKで130平米と1.6倍程度ですが庭を含むと3倍弱なのでホントに広く感じます

さらに今住むエリアは都市がコンパクトなので移動時間が減り、結果として仕事関係の拘束時間が減りました。
満員電車など通勤に掛かるストレスからも解放され、人生の時間のなかで仕事にかける比重が減った一方で収入がキープされているので、結果として時間効率は上がっていることになり、その点で非常に満足しています!」

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